2013年7月28日日曜日

アザー・ガット『文明と戦争 (上・下)』

たいへんな本である。人間はなぜ戦うのか?戦争とは人類共通の自然状態にもとづく現象なのか?それとも文化が発明したものなのか?文明の誕生、国家の勃興によって戦争はどう変化したのか?21世紀社会が直面している戦争の脅威とは何か?どう対応するべきなのか?……これらの根本的問題に対して著者は、生物学、人類学、歴史学、社会学、経済学、政治学の最新成果を自在に引きながら懇切丁寧に解明して行く。博覧強記ぶりは驚くばかりだが、同じページに紀元前5世紀のメーロスとアテネの戦争と20世紀のアルジェリア戦争の話が混在したりして、翻訳も文章がこなれておらず、かなり読みにくい本ではある。しかし一読の値打ちあり。現代人がいままで信じていた思い込みがまるで間違っていたことに気づかせてくれる個所が多々あるのだ。裨益するところ多大。

まず著者は「動物は戦争をしない、ヒトも文明に毒される前は平和に暮らしていた」とする、いまだに多くの信奉者を有するルソー的思想を、木っ端みじんに論破する。動物も同種で殺し合いをするのだ。原始的な狩猟採取民族は現代人以上に殺し合いをする〔暴力による死亡率は大量殺戮で悪名が高い20世紀の世界大戦時期よりはるかに高い〕。これは進化論に沿った自然の現象なのだと過激な発言も。考古学と人類学の最近の著しい発展がこれらを明らかにしたとのことだが、ポリティカリーコレクトじゃないこと甚だしい。なかなか邦訳が出版されなかったわけじゃ。

以後、延々と古代から現代にわたり戦争形態の推移を分析して行く。いちいち述べないけれど、興味深い。国家があってそれ故に戦争が生じたと言うよりも、戦争をするための権力機構として国家が形成されていったという過程がよくわかる。

ヘンなことで感心した。戦争時、人口の1%が徴兵動員の目途となるとアダム・スミスが書いており、それがいまだに鉄則である由。非生産部門での雇用が1%を超えると国家経済は戦費〔兵員のお給料〕を持続的に負担できなくなるとの計算。例外はナポレオン戦争当時のイギリスだがこれは借金でカバーできた。イギリスの信用力(イギリスは戦争に勝つだろう、それで十分儲けるだろうとの市場の予測)が低利での債券発行を可能にしたらしい。ひるがえって現代日本のケースを考えると兵員数でこそ1%に満たないものの、税金や補助金で食っている非生産部門の雇用は優に人口の1%を超える。それら部門は将来儲かるとも思えない。こういうことからもバラマキ行政はもうサステイナブルじゃないのだなと、感心した次第。

20世紀になり先進諸国は豊かになり、戦争で失うものの方が得られるものより大きくなり、また人道主義が広がるにつれて、大きな戦争をすることは難しくなったことも分析される。一方で、貧しい国では依然として昔の価値観が支配している。大国が強力な武力を用いて小国を蹂躙するという歴史的なやり方が通用しなくなっていることも加わり、大国が小国に勝てなくなった、加えて最終兵器としての大量破壊兵器の普及、テロリズム、21世紀は難しい局面となるだろう、国際的なセキュリティー情報交換を地味に積み上げて行くしかないという著者の説明は、とんでもない隣国を抱える国の国民の一人として、素直に納得できる。

文明と戦争 (上)


文明と戦争 (下)

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